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2008年9月

30代以外は、信じるな。- Don't trust anyone other than in their thirties -

*注: このエントリは30代以外の世代の方には受けが悪い内容が含まれています。30代以外の方は読まないでください!

私は今33歳です。
こころの診療をしていると、現在うつの主流世代は30代。以前(10年ほど前までかな?)はうつ病は40-50代で心身がパワーダウンしてきたときの病気であったわけですが、今は30代が圧倒的に多いです。休職も30代が多い。

私自身のことを考えると、どうも昔から、今の40代以上に当たる世代と話していると微妙にかみ合わない気がしてなりません。親の世代と話が合わないのは当然としても、ちょっと上(10歳前後)とも感覚が異なる、というかまあこれも当然といえば当然なのですが、ジェネレーションギャップを感じます。

思えば今の40代(アラフォーか?)以上ってバブルを知ってる世代です(おいしい思いをしたかどうかは別として)。思うに、バブルまでの戦後世代って、ある程度「世間はこういうもんだ」という価値観を共有しているように思います(どんな職業ついてても)。
でもわれわれの世代は、「世間はこんなもんだ」と言われて育ったけど、そう言われた世間と今まったく違うぞオイ、って感じ。だって私が高校生のときにバブルははじけ、就職は氷河期、東大出ても正直幸せとは何の関係もないんだ!とわかってしまったジェネレーションですもん。

では今の20代はどうかというと、彼らは高校、大学生という多感で思いきった行動も可能な時期にインターネットがもうありました。欲しい情報や人とつながれた「グーグル世代」なんです(もちろんひとくくりにするのは乱暴ですが)。
私がネット導入したのは1996年だったと思いますが、この頃私はもう大学4年。医学部だったからあと2年学生でいられましたが、まだこの頃はもちろんブロードバンドなんてなく、ネットの情報もものすごく少なかったです。

正直「なんか損した感」はあります。30代のうつ。そりゃなるだろう。だってわれわれは、「上の言うとおりにしてもうまくいかず、下ほどの情報も持ってない」世代なんですから。全部自分でどうするか考えないといけない、っていうのはキツイもんです。就職氷河期だったから同期で話そうとしても数も少ないし。

私はまがりなりにも医者になれたのでほんとうに感謝していますが、医師とても「損したジェネレーション」は例外ではありません。というのも、私の卒業時は自分の出身大学の大学病院に御礼奉公で9割以上が入局しました。しかしその後臨床研修制度が導入されて医局制度は崩壊。卒業後すぐに入局しなかった私は変人扱いでしたが、いち早くその流れからドロップ気味となったのが今はラッキーかも・・・です・・・。

このように変化と過渡期の波をもろにかぶっている私たち30代。
しかし!30代は逆にいえば、「すべての既成概念から自由でいられる」はずなんです。
だって私たちの上の世代の価値は崩壊し、かといってネットの強大な力にもどっぷり支配されていないはずですから。だから、すべての既成の価値から自由な新しい価値のしくみを創れるのは今の30代だと確信しています。
私は「世界はこんなもんだ」という言説に対して、以前は「そんなもんなんですかねー」と同調していましたが、今では「ほんとうにそうなのだろうか?別の考え方、やり方はないのか」と考えるようになりました(たいていあります)。

もちろんジェネレーションより個人の差のほうが大きいですから、20代や40代以上がみんな上に書いたような感じだというわけではありません。でもどの業界の人(スピリ チュアル系含む)と話していても、自分の過ごした時代背景の影響はみな受けている気がします。私もこんなエントリ書いているからには逆にジェネレーションに縛られているともいえるわけですが。
しかし逆にいえば、そのことに気づきさえすれば、どの世代の人たちも自由になれる、ということです。

すべての限界は越えられる。しかしそれにはクールな知恵と、熱い情熱が必要です。自分の中のその存在に気づいて、発揮さえすれば、限界はないと思います。

タイトルは私のこよなく愛するムーンライダースの曲「Don't trust over thirty - 30以上は、信じるな」をもじって。

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これから世界が進む方向

これから世界が進む方向は、こんなものではないかと、勝手に思っています。

- 「量」から「質」へ
- 「力」から「価値」へ
- 「物質」(空間)から「時間」へ
- 「物質的価値」から「本質的価値」へ

同じ行動をしても、裏にある思いの違いにより結果が大きく変わってくるようになるでしょう。
自分の真の望みを知っていれば、どれだけでも努力することができ、失敗がこわくなくなり、失敗という概念自体が消えるでしょう。今まで失敗をおそれていたのは、それをほんとうには望んでいなかったからです。

空間の価値(目に見えるモノの豊富さ)より時間的な価値(同じ時間でどれだけ価値のある行動をしたか)がより重要になってくると思います。ビジネスの本で時間管理の本が増えているのはそのためだと思います。
物質的価値(どれだけのモノを持っているか、作りだしたか)より本質的価値(どれだけ人のため、自分のために行動できるか)に価値がシフトしていくと思います。お金もパワーもいずれはそこに流れていくでしょう。

特に目新しいことではないですが、そういう傾向がより顕著になってくると考えています。
今から流れを読んで行動できるか、が問われていると思ってます!

トレンドを読むことには自信があります。結構自分が目をつけるものって流行るんです。何せ私は武豊が人気になる前に自分の中で競馬ブームが終わっていたのが自慢(当時中学生でしたけど^^;)。でもくじ運はないので話半分に受けとめてくださいませm(_ _)m


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ミニ・レクチャー「7歳までのこどもの成長」

10月11日に高輪シュタイナーこども園にてミニ・レクチャーを行います。
お近くの方、ご興味のある方はよろしければご参加ください。

ミニ・レクチャー 「7歳までのこどもの成長 - シュタイナー医学の観点から」
http://www.ts-kodomoen.jp/news.html#news02

日時: 10月11日(土) 10:00-11:30
場所: 高輪シュタイナーこども園
     JR品川駅より徒歩8分
     地図はこちら
参加費: 一般 2000円  会員 1000円

*この講座は、大人の勉強会ですので、お子さまは同席できませんことをご了承ください。

シュタイナー医学(アントロポゾフィー医学)においての、7歳までのこどもの心身の成長についてのレクチャーです。子どもがたどる、立つ、歩く、話す、考えるというプロセスの意味と、大人がそれにどうかかわるべきか、ということについてお話しする予定です。

高輪シュタイナーこども園は、私のクリニックと同じ今年の4月にできた、とってもこじんまりした、素敵な保育園です。場所が小さいので、もしご参加いただける場合は、できれば事前のご連絡をいただけるとありがたく思います。mail☆clinic-lotus.jpまでお願いいたします(☆を@に変えてください)。
コメント欄への書き込みでも結構です(匿名やハンドルで大丈夫です)。

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シュタイナー医学の記事アップしました

発売期間が終わりましたので、ビジネス雑誌、リベラルタイム9月号に掲載された記事をアップします。

記事のタイトルは「シュタイナー医学が提唱する『心身健康法』」。記事は「liberaltime200809.pdf」をダウンロード

ジャーナリストの油井富雄さんが、人智学者、ルドルフ・シュタイナーの提唱したアントロポゾフィー医学(人智学医学)について、わかりやすく入門的に書いてくださっています。私のクリニックの紹介も出ております。

シュタイナーは教育の分野でもっとも有名ですが、業績は農業、建築、医学、社会学など多岐にわたります。商業的に成功しているのは農業の分野で、バイオダイナミック農法という有機農法で作られた作物はワイン(ルロワニコラ・ジョリーなど。フランスではビオディナミといいます)、化粧品(ヴェレダドクターハウシュカアグロナチュラなど)で使われ、ブランドになっています。

アントロポゾフィー医学は舌をかみそうな名前ですが、「人間は小宇宙(ミクロコスモス)である」という考え方をもとにして、人間と自然の関係をダイナミックに考察し、精神と身体の両面から本質的に治療を行おうとする医学です。自然の鉱物・植物などから作られた医薬品による治療と、芸術療法(彫塑・絵画・音楽)、オイリュトミー療法(アルファベットの音からとられた動きを行う体操のようなもの)が主になります。私が思うに、「世界で一番美しい医学」だと思います。

オイリュトミーはマイナーですが、効果は結構すごいです。芸術療法は、精神疾患だけでなく癌などの身体疾患でも行います。

クリニックではこのシュタイナーの医薬品を使っています。バッチ・フラワーレメディは主に感情面に効果がありますが、気持ちの面だけでなく、身体的な症状や要因がある場合はこのシュタイナーの医薬品のほうがより効果があるようです。

アントロポゾフィー医学についてご興味をもたれたかたはこちらのページをぜひお訪ねいただければと思います。スイスのドルナッハにある医学部門本部のページです(日本語です)。

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言葉の処方せん

ばたばたしていてなかなかブログ更新ままならずでした(^^;)本日は新しい治療法のお知らせ・・・というわけではないのですが。

私のやっておりますクリニック・ロータスでは「芸術的な治療」をめざしています(^^)というのは、医療はテクニックだけでなくアートでもあるわけですが(外科にしても内科にしても、名医の技は芸術的なんです)、そのアートの部分て今まで軽視されていたと思うわけです。
でももともと人間はアートの部分がないと生きていけないと私は思っていて、医療にも「ひとりひとりが自分の人生の創造をしていくことを助ける」という視点が欲しいところです。なぜなら自分の人生が自分で創れない、と思うとき、ひとは病むからです。

という大仰な前置きはともかく。
私は短歌をときどき詠みます。何か感情が動いたとき、もやっとしたものを短い言葉にまとめると、すっきりするのです。
31音にまとめないといけないので、必然的に本質的なものをごく短い言葉であらわし、本質でない言葉を捨てるという作業をしなくてはなりません。これがとてもすっきりします。また、この57577のリズムで作るということがからだにいいのです。

自分に作った短歌を2つほど。

「楽になれ自由になれとみずからに鞭打ちし吾(われ)自由の奴隷」

これは、早くもっと自由な考え方ができるようにならなきゃ、思い込みを外さなきゃ、と焦っていたときに作りました。あるとき、自由になれと自分をむち打つんだったら自由になってないじゃん、と思ってはっとして、作りました。詠んでから、そうか自由の奴隷だったんだ、と思い、気持ちがラクに。

「時満ちて花開くようにおのずから為(な)るべきことは迷いなく為る」

いつも私は「これをするためにはどうしたらいいか」「私は最善の選択ができているのか」とずっと悩んでいたのですが、そんな風にむやみに考えこんだり悩んだり策を練ったりすることがほんとうに最善の結果につながっているのか、むしろ受け取れるものを小さくしていないか?と考えていたときに、買ってきたアサガオの花が開いたのを見て作りました。
植物は花を開かせようとしてうんうんうなって努力して開かせるわけではありません。そのようになっているから、ふさわしい環境でふさわしい時が来たら開かせるのです。そのように物事を考えてもいいのではないかと思いました。

短歌は以前は完全に自分のために詠んでいました。どうも古語の文法が自信がなくて人には披露しなかったのですが、先日の国際アントロポゾフィー医学ゼミナールの合宿で、医師仲間のために詠んだところ、結構好評で、しかも治療的効果があることがわかりました。

好評だったので味をしめ、最近、恥ずかしながらクリニックに来てくださったクライアントさんに詠んで贈るということを始めました。
名付けて「言葉の処方せん」(^^)。その方について私が感じた素敵な部分、美しいと感じた部分について、それがあらわれてくるために伝えたいことを短歌に詠んで贈らせていただいております。

自画自賛になりますが、結構これ、治療効果がある気がします。その人について私が受けた印象はどういうものか、私の感じたその人のもっとも素敵な本質、それがあらわれてくるために私はどういうことを伝えたいか、一番いい言葉を一生懸命考えます。

ひとつだけ気をつけているのは、必ずポジティブで、美しさを感じる言葉と内容にすることです。上の1番目の短歌は自分のために詠んだので「奴隷」とかネガティブな言葉を使いましたが、クライアントさんに贈る場合はそういう言葉は使わないようにしています(そのときどきにもよりますが)。

上の合宿で歌を受け取ってくれた人は、「こうして誰かが自分のことを考えてくれる、そのことがとってもうれしくて力づけられる」と言ってくれました。しかしこの、その人の本質について考えるという作業、実は治療者である私自身にとってこそすごくいいのです。ああ、自分はこういうことを感じていたのだ、こういうことを伝えたいのだということをはっきりさせると、すごく癒されます。気づきですね。
この作業で、やはり芸術には治療や癒しの特別な力がある、とはっきり感じました(ま、私の短歌の質はともかく^^;)。

というわけで「芸術的な治療」の一歩として、「言葉の処方せん」を始めました(「冷やし中華始めました」的宣伝ですが^^;)。
言霊は決してお薬に負けない治療効果です。むしろそれ以上かもですよ。みなさまも、使う言葉を変えてみるだけで、気持ちが違ってくるかもしれません。

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