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自分のため=人のため=最強

放送のあとすぐにブログに書こうと思ったのに、ものすごーく時間がたってしまって大変恐縮ですが、やはり書いておきたいなーと思い書くことにします。
11/3のカンブリア宮殿「障害者に働く喜びを」ゲスト・日本理化学工業会長、大山泰弘さんの回。
http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/bn/081103.html

日本理化学工業は川崎市にあるチョークの全国シェア3位の会社です。この会社は障害者雇用の草分け的存在で、こちらの従業員は74人のうち54人が知的障害者の方だそうです。

日本理化学工業が知的障害者を雇用することになったのは昭和34年。養護学校の先生たちが、卒業を控えた15歳の女子生徒2人の就職を頼みにきました。最初は断ったものの、「雇ってもらえないなら、この子達は一生働く経験をせずに施設で一生を終えるんです、実習だけでもさせてやってもらえませんか」と先生方に熱心に頼まれた大山さんは、とりあえず2週間の実習だけなら、ということで受け入れたとのこと。しかし彼女らの一生懸命働く姿に大山さんも従業員も心打たれ、採用したそうです。

以下はインタビュー記事より。

「私は、とりあえず2人雇ってみたものの、うちで働くより施設でゆったりと暮らす方がきっと楽なはずだと考えていたんです。でも、ミスをしてなかなか言うことを聞いてくれないとき、「施設に帰すよ」というと、彼らは泣いて嫌がるんです。それが不思議でたまらなかった。それで、ある法事の席で、お坊さんにその疑問をぶつけてみたら、私の予想に反して「当たり前だ」と言われたんです。そして、人の幸福のうちの「人に褒められること、人の役に立つこと、人に必要とされること」の3つは、仕事では得られるが、施設では得られないんだと言われたんですね
(中略)

 これらの言葉を受けて、ようやく気づいたんです。つまり、人間にとって「生きること」とは、誰かに必要とされて働き、それによって自分の食い扶持を稼いで自立することなんだということに。そして、その場を提供することこそが、企業の存在価値であり社会的使命なんじゃないかということが、自分の中に真理として根付いたんです。それからですね、障害者雇用に積極的になったのは。」(イノベーティブワンのインタビューより)

会社は現在、キットパスという「消せるクレパス」を開発し売りこみ中です。窓ガラスとか冷蔵庫の扉とか滑らかな面なら書いても水ぶきんで簡単に消せるそう。つるつるした場所があればどこでもホワイトボードになりますね!

番組中で大山さんは、「障害者の人たちにいつも私のほうが教えられている。彼らと歩めて、本当に私は良い人生を送らせてもらっている。いつも感謝している」ということをきっぱりと言いきりました。

「お釈迦様が、羅漢という修行最高段階の地位に、知的障害者の「周利槃特(しゅりはんどく)」を選んだとき、「彼の掃除をしている姿を見れば、皆が手を合わせたくなる。あれは彼の無言の説法なんだ」とおっしゃったといいますが、いまとなってみれば、その意味がよくわかります。私は彼らの無言の説法を受けながら、少しずつ成長してきたんです。いま障害者雇用について一角の意見が言えるのも、彼らのお陰ですからね。彼らに生かしてもらった、本当に充実した張り合いのある人生を与えてもらったと心から思っています。」(イノベーティブワンのインタビューより)

こういう言葉は飾ろうと思えばいくらでも善意の衣装を着せることができます。しかし私が感銘を受けた(というよりショックを受けた)のは、大山さんはこういうことを、特別に力説もせず、善意や熱意を強調することもなく、まったく普通のことのようにさらりと行ってのけたことでした。

もとは大山さんも特に障害者に対してあたたかな思いをもっていたわけではなく、また障害者雇用を福祉とかノーマライゼーションの観点から始めたわけでもありません。つまり「普通」の人でした。続けるには苦しいことも山のようにあったと思います。しかし、それらを越えて、「人のため」を「自分のため」と全くイコールにできたということ、それが大山さんの言葉の強さやブレのなさを生んだのではないかと思います。
「人のため」だけでは続けるのにものすごくエネルギーがいるし、意外に自分の価値観を押し付けてしまったり、結構自分のエゴが入ってくるものです。人はまず「自分のため」に動くのが自然です。しかし、「自分のため」だけでも案外ものごとを続けることは難しいものです。「自分のため」から始めて、「自分のため」を「人のため」とまったくイコールにできた人が、余分な力も抜けて最強なんじゃないかと思いました。

余談ですが、大山さんを見ていて「誰かに似ているなあ」と思ったのですが、ヤミ金と戦う宇都宮健児弁護士でした。別にお顔はそんなに似ていないのですが、なんというか、独特の「油が抜けてる」感というか。さらりと強い感じが。
宇都宮健児さんは借金問題専門の弁護士で、以前みたテレビ番組で「借金問題を解決してもそのまま料金を払わずに逃げて、その後また借金して先生なんとかしてくれとなきついてくる人もいまして(笑)」と話していました。司会者が「それでやっていけるんですか?」と聞いたら、「結構なんとかなるもんですよ(笑顔)」ときっぱり言ってらっしゃいました。
「弱い立場の人を守ろう!」というのは口で言うのは実は簡単で、結局そのために本当に行為するか、またどんな方法で行うかで人間性の大きさが見えると思うのですが、このおふたりは「弱者を守ろう!」とかひと言も言わずに、まずそれがどんな方法で可能なのか調査して、見えたら黙って行動してしまうような印象です。
私もこういう不言実行に憧れます。でもブログで書いてる時点でだめじゃん、て気も(^^;)

ぜひ以下のリンクもごらんくださいませ!とても素敵な記事です。
大山泰弘さんインタビュー 知的障害者を活かし、 生かされるチョークメーカー(イノベーティブワンのサイト)
宇都宮健児さんインタビュー 魂の仕事人・絶望の淵から2度這い上がった落ちこぼれ弁護士の逆襲(人材バンクネットのサイト)
人生も仕事もやり直せる 弁護士・宇都宮健児 NHKプロフェッショナル仕事の流儀

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コメント

『自分のため=人のため=最強』

今の私にとっては、ココロの奥まで染み渡る言葉です。

自分の心が定まっていないのに、人のため人に!と東奔西走している人が(私を含め)少なくないように思います。

人のために!と思っている裏には、「これだけやってあげた」んだから(自分を)認めて欲しい!という欲求が無意識のうちに入っているのだろうとも思います。

考えグセを直すのは簡単ではないかもしれませんが、色んなことに気付きながら成長していけたら幸いです。

ありがとうございましたhappy01

投稿: ベビーYOU | 2008年12月 2日 (火) 11時02分

ベビーYOUさんコメントありがとうございます。

>人のために!と思っている裏には、「これだけ
>やってあげた」んだから(自分を)認めて欲し
>い!という欲求が無意識のうちに入っているのだ
>ろうとも思います。

そうなんですよねー。医療者とかヒーラーとか、人にサービスする職業は結構ありまして。でも自分が満たされてないと人のために働くのも結構大変なので、自分をまず満たすところから始めたほうが自然かもです。自分を満たすと人のお役にたちたくなるのが人間の常ですしね。

投稿: つかぴー | 2008年12月 2日 (火) 11時27分

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