病むことはエネルギー
今日診療中にふと、「私は患者さんたちがうらやましい。彼らは病の中に愛を担っている」というメッセージが来ました。
そのときに私はなぜか、自分は患者さんたちを羨ましいと思っているのだと感じました。
野口整体の創始者、野口晴哉先生の言葉に「病むことは力である」というものがありますが、病気というのはある意味確かに力でもあります。
何かの刺激に対して、必ず生体は反応しています。通常は、細菌感染に対して熱が出たりするように、治る方向に働きます。しかし、アレルギーのように、間違ったものに過剰に反応してしまったりすることもあります。しかし間違っているといえども、やはりこれは、「力」の結果なのです。
うつも、よく「エネルギーを使い果たしてしまった状態」と表現されますが、実はそうではなくて、「エネルギーが滞ってしまっている状態」です。うつは「鬱滞」の「鬱」です。落ち込むこともまたエネルギーなので、つまってしまっているだけなのです。
もしエネルギーが本当になくなってしまっているときは、何の感情も、不調さえも感じずにただ寝ているだけになるでしょう。お年寄りで時々こういう状態の方もみられます。
このつまっているエネルギー、間違ったところで発揮されてしまっているエネルギーを、本来の健康なかたちにもどすことが治療であるといえるでしょう。本来、病むことに使っている力は別のかたちで使えるものなのです。お金みたいなものといっていいでしょうか。
私が一番好きなシュタイナーの言葉に、「物質は濃縮された光、魂は薄められた愛である」という言葉があります。
ここで言う「魂」は「感情や思考などの精神活動」という意味なのですが、どのような魂の活動も、怒りや憎しみなどのネガティヴな感情さえも、本来は愛であり、それが歪んだかたちになってしまっているだけだということです。
そう思うと、怒りをかかえた人に出会っても、あるいは自分自身の怒りに対しても、ではこの感情をもとの愛に変えていくにはどうしたらよいのか、と考えることができます。
光となった物質を人間の闇となった部分にもたらし、愛をもって魂をあたためること、これが治療の原則であるとシュタイナーは言います。
普段の日常の中で忘れがちなので、ことあるごとに思い出したいと思います。
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